familiar with since childhood

なんだかんだいってみたところで、千帆は未だに父の影響下にある。精神的に。反発し、憎み続けるのが、その証拠だ。
そして、それは千帆を疲弊させる。時々、なぜ自分は父の前に屈伏してしまわないのか、と誘惑にかられる。一度、父に対して心から素直になってみればいい。そう考える。その上で彼との力関係を一度相対化してみない限り、自分にとってほんとうの意味での"自立"は、あり得ないのではないか、と。
しかし、いくらその真理が理解できても、千帆は怖い。一旦流されてしまったが最後、相対化による"自立"どころか、父の自我に呑み込まれて己れを見失ってしまうのではないか……そんな恐怖を、どうしても払拭できない。
だから、表面的な応対はともかく、心の中ではいつまでも父を拒み続ける。この親子関係を客観的に捉えることを。
父の"一部"になることで"楽"になりたいという誘惑は、拒絶すればするほど逆に、ますます強くなってゆく。そして拒絶の度合いもエスカレートしてゆく。いびつなほどに。自身を疲弊させてゆく。
あるいは、そこに彼女と鞆呂木恵との真実があったのかもしれない。千帆は単に"楽"になれる相手を欲していただけなのかもしれない。相手が恵でなくても、誰でもよかったのかもしれない。ただ自分を"奴隷"として扱ってくれるならば。(中略)一旦主従関係が逆転した恵に対して、千帆が無尽蔵に冷淡に振る舞えたのは、それが父への反発の代償行為だったから―千帆は、そう自己分析してみた。しかし、そもそも"暴君"たる恵と関係を持ったこと自体が、父との関係の代償行為だったのではないか、と。
そう考えると、ぞっとした。父の自我に呑み込まれ己れを失う……それは千帆にとって、性的隷属すら意味するのか。ふいに、そんな妄想にかられる。だから自分はこれほどまでに父を拒み続けるのか……一瞬、恵の若々しい裸身が、眼の前の男のそれに重なり、千帆は危うく悲鳴を上げそうになる。













飽きもせずようやるな、とは、自分でも思うんですよ。
本当に。
仕事でも獅子身中でも、何でこういう奴ばっかかね勘弁してくれよもう、と。














千帆は怒りを覚える。やはり、この父の前で自分は素直にはなれない、と。しかし反発を続けることは、前述したように、彼の影響下からいつまでも逃れられない悪循環をも意味する。
進むも地獄、退くも地獄。いったい自分は、どうすればいいのか。絶望感。出口のない。いつもそうだ。いつも同じ袋小路に迷い込んでしまう。だから千帆は父を憎む。無自覚に娘を絶望に追い込む男を。
憎むしか、ない。

by 西澤保彦さん