職人になりてえ

「肩のほうはもう大丈夫なのか」
「あ、ええ、へっちゃらです」
瑞穂はニッコリ笑って、力こぶを作る仕草をみせた。
無理して笑っているように見えた。
何か励ましの言葉をと思った。確かさっき、本部長が最後の訓示の中でうまいことを言った。貴君らの第二の人生の前途に…。
思考を巡らせているうちに、瑞穂は真顔に戻り、ピッと背筋を伸ばした。
敬礼―。
「長い間、大変お疲れさまでした!いつまでもお元気で!」
眩しいばかりの婦警がそこにいた。
胸が熱くなり、板垣は言葉を返せなかった。
瑞穂の背中が小さくなってから、ようやく贈る言葉が見つかった。
板垣は口の中で呟いた。
若鮎のような婦警、平野瑞穂の前途に幸多からんことを―。

by 横山秀夫さん