2012.09.01

彼女さんとの会話を契機に『クライマーズ・ハイ』を読み直して、で、過去の自分の日記を読み直した。


喉元に苦い汁を感じつつ、悠木は自分のデスクに戻った。
可愛くないのかよ―。
そう言える亀嶋を心のどこかで羨んでいた。疑ってもいた。どうやれば他人事にああまで思い入れることができるのか。
入社以来、亀嶋は整理部一筋だ。記者のように表を出歩くことはない。ずっとこの大部屋にいて、来る日も来る日も「今日」と取っ組み合いをしている。だからかもしれない。外で生身の人間と接する機会がないからこそ、この部屋に舞い込んでくるニュースの体温を感じ取ろうと常に五感を研ぎ澄ましている。

by 横山秀夫さん



フォークソングってそもそも何だろうな、と思う。
素朴な風景を素朴な歌詞と素朴なメロディーにのせて歌う、ってのが素朴な感覚だと思う。
が、しかしよ。プラス、何かが要るだろ。
ある出来事なり景色なりが「『自分の』出来事・景色」になるには。
何か媒体なり契機なりが。
俺はそれが見たいんだよ。そこがもっと聞きたいんだよ。
俺だけかもしれないが。

日航機墜落のテレビ報道のワンシーンをこう記している箇所がある。
≪女性キャスターが大きな瞳に涙を浮かべていた。その肩ごしに、手ブレの激しい映像が大写しにされていた。藤岡市民体育館の前で泣き崩れる遺族の姿だった。
キャスターの顔をまじまじと見つめ、悠木はリモコンでテレビを消した。
真っ暗になった画面を見つめた。お疲れさま。明るく掛け合う声が聞こえた気がした。それでも女性キャスターは席を立たないのか。酒や食事の誘いも断り、照明の落ちたスタジオで、一人さめざめと泣き続けるとでも言うのか。
泣くのは遺族の仕事だ≫
女性キャスターだけではない。この関係性のなかに、悠木はむろん、日航機墜落の報道にかかわったほとんどのものが包含されていた。どんなに大規模な、どんなに悲惨な事故や災害や戦争においてもこの構図は変わらない。
その絶対的な位相の落差を知覚しつつ、自身がかかわるべき内的な根拠を見出したとき、事件ははじめて本当の事件となる。


で、っていう話ではあるのだがね。例によって。
お前はどうなのかと。お前と世界の距離や如何、と。
どういう距離感でもってお前は世の中と対峙するつもりなのかと。
0806やら0809やら0815やら0911やら0311やら例の島やら。


ところで俺、この曲、意外と好きなんだが。

ボロボロな人が集まるボロボロな小屋で
人は破壊と再生を繰り返す
どちらで終わるのかは全て運

by いわさきさん

望月の死は自殺に類するものだったと思っている。消沈していたのでも、うっかり赤信号を見落したのでもない。おそらく望月は悠木と同じ種類の人間だった。ありふれた日常の出来事に過剰な化学反応を起こし、すべてを消滅させてしまってもいいと直情する人間。

by 横山秀夫さん




お前は、そうじゃないと言えるのか。
お前に、内的な根拠とやらは在るのか。
それとも、未だに、全て運で片付けるのか。








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